第漆章/無明長夜
7
荒れ狂う海流の中、敵意を持った闇が荊の毒と鋭さを以てまとわりついてくる。
「ツッッ!」
京平はそれに肉をこそぎ取られながらも、構わず腕を引いて前進する。
すると、前方から泳走してくる新たな障害。闇と同じ色をしたそれがどんな形をしているのかは判別できないが、敵であることには違いない。
「邪魔だっ!」
目につくもの、肌に触れるもの、片っ端から殴り倒す。その音で気付かれたのか、ひかえていた新たな敵影が出現した。あとからあとから、ひっきりなしに襲ってくる。
「どけっ!」
爪で切り裂き、牙で喰い裂き、纏絲でまとめて吹き飛ばす。
どいつもこいつも水を切るような手応えだ。まったくもってきりがない。
「………。クソっ」
京平は臍を噛んだ。哀が見つからないことと、自分自身の愚かさに対してだ。
迂闊だった。少し考えれば分かったはずだ。哀が羅刹鬼に取り込まれる前にそのことに気付いていれば、こんなことにはならなかった。
京平がこれほどまでに焦心を募らせているのは、哀の業の深さに気付いたが故だ。
人界へ脱出しさえすれば、あとは八局の連中が何とかしてくれる。京平はそう楽観していた。
が、哀は違った。哀は最初から八局など当てにしていない。彼らに羅刹鬼を封印することなど不可能だということを彼女は知っているからだ。
降臨を間近に母胎を失った羅刹鬼は、今や完全に暴走し、蓄えに蓄えた力を放出する場を求めて増殖を続けている。この力が人界に向かえば、訶利帝母が望んだ以上のことが起きるだろう───世界の完全なる崩壊だ。
“憑坐”を人界に帰してしまった今、八局の立てた策以外に羅刹鬼を封印する手立てはないはずだ。
それでも哀が飛び降りたのは、京平たちが脱出するまでの時間を稼ぐためか。否、それだけが目的ではない。あのとき哀は何かをやる心算だった。
そして京平はそれに気付いた。
羅刹鬼の封印は“鬼遣”が“憑坐”を殺して初めて成立する。殺せなければその場で羅刹鬼が誕生するのだ。だからこそ、鬼と鬼遣たちは長い間“憑坐”を求めて争ってきた。
しかし、それは本当に彼女たち二人でなければならないのだろうか。違う者がその役目を果たせばどうなるのだろう。
十中八九失敗する。分かり切っていることだ。“憑坐”だからこそ、鬼神の絶大な力を納めることができる。
だが羅刹鬼を納める者が“憑坐”と同じ組成をした者ならばどうだ。
そうなると状況はまったく変わってくる。殺す側と殺される側の役割を同時に果たせるのならば、封印の成功率は格段に上がるだろう。
そう、“憑坐”と同じ、人造の娘ならば───。
「っ……これじゃ同じだろうが! 誰かが死んでそれ以外を救うなんてやり方、俺は絶対認めねェ!」
なぜ今まで気づかなかったのか。
哀は楓呼の身代わりになるつもりだ。