第陸章/蒼茫の傷痕、澱む流砂
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巨大な竜巻がそびえる高台より少し離れた地区。
一台の車も走らない街路で、住民の保護が続いていた。
太い銃口から発射された液体が、狂った民間人に飛びかかる。
「ぎゃうっ!」
「グウウ……!」
まず衝撃が押し倒し、次に速乾性の高分子化合物が瞬間固化して相手の自由を奪う。空気圧を利用するその機器は大きな水鉄砲のような形をしていた───暴徒鎮圧用の非致死兵器だ。
白目を剥いた人々は、硬化した発泡液体に拘束されつつも、野獣のようにうなって威嚇する。その彼らを、都市迷彩の戦闘服に身を包んだ兵士が次々と大型の輸送車に連行していった。
「おもいのほか役に立ちましたねぇ。あれは米軍の払い下げ品で性能には疑問があったのですが、今度本庁に正式装備として申請しておきましょう」
そう独り語ちたのは、八局の権限を受けた対鬼畜特別編成部隊の指揮官だった。
〈一佐〉
通信機に、部下からの報告が入る。
〈周辺区域の住民はあらかた保護しました。一人重傷を負った少女を確認しましたが、発見が早かったので命に別状はありません〉
「そうですか。ご苦労さまです。大熊一尉」
部下への慰労に対し、通信機の向こうで敬礼する気配が伝わってくる。
〈しかし随分と乱暴なやり方です。これでは保護というより狩猟と言った方がいい〉
「正気を失っている人間は野生の獣と変わりませんよ。油断せず捜索を続けるように」
〈はっ〉
再び敬礼の気配、そして通信が切れる。
「一佐」
今度は肉声だった。呼び手は白衣を羽織った女性自衛官だ。
「目標の計測結果が出ました。瞬間風速が三〇〇メートルを越えるあの竜巻は非常に強力な磁場を周囲に発生させており、また多量の妖気も検出されています。ヘリで突入しても空中分解するのが関の山。徒歩では近付くことすらままなりません」
一佐と呼ばれるその指揮官はうなずいた。
おおむね予想通りと言ったところだ。暗雲すらも呑み込んで渦巻く竜巻は、離れたこの場所からでもはっきりと見える。詳細な計測などせずとも、その脅威は肉眼で確認できた。
「どのみち竜巻の付近には鬼の本隊が待ち構えているでしょうから、ここらで機を待つのが無難です。今は住民の保護を最優先に考えましょう。医療班への指示はお任せしますよ、美作二尉」
銀縁の眼鏡を押し上げ、彼は告げた。
「了解しました」
女性自衛官が踵を返すと、彼はレンズの奥に押し込めていた冷酷と憐憫をようやっと解放することができた。
「あわれだな……。自らが捨て駒だと言うことも理解できないか」
それは愚直に主君の命令をまっとうする鬼共に向けたものだったが、自分たちを皮肉った科白のようにも聞こえた。
友を裏切る十年を続け、場合によっては『彼と彼女』の始末も命ぜられていた。
彼らには常に監視を置いてきた。自分自身がその計画の指揮を執っていた。偽称に満ちた生活を送りながら、自分を友と思ってくれる人たちをいつ殺そうかと牙を磨いてきたのだ。
そしてもうすぐ“そのとき”が訪れる。大勢が死ぬ総力戦となるだろう。自分たちはその尖兵だ。だからこの作戦が成功しようと失敗しようと、自分と部隊は捨て駒に使われる。
すべて理解している。理解しているだけにタチが悪い。
「私は捨て駒というより走狗のようだ」
主に死ねと命じられれば、命令された通りにいくらでも命を捨てる、愚かで従順な狗。
それが自分だ。
だが───いや、だからこそ、狗は狗らしく、敵の喉笛を咬み千切ってから死んでやろう。それがせめてもの友への報いになる。
「ですよね……京平殿、楓呼さん」