第弐章/黒の南風、来る暗闇


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 ─── 翌日 午前六時 ───

 奥山実隆は日々の日課をこなしていた。

 ピンと張ったワイヤーと得体の知れない粉末をうっとりと見つめ、それらを丁寧に道路へ埋めていく。

 トラップを仕掛ける際、もっとも重要となるのが偽装だ。いかに相手からその存在を隠すか。それが生死をわかつ。

 このときの心境を喩えるなら、恋人を驚かせようとプレゼントを用意するときによく似ている。

 あの人はいつここに来るのだろう。ここに来て、どうやってこれを受け取ってくれるのだろう。そして受け取った瞬間、あの人はどんな顔をしてどんな声を上げてくれるのだろう。

 それを考えただけで………私の身体は悩ましく身悶え、熱く火照ってしまう。

 嗚呼、たまらない、このエクスタスィィィィィィィィィ。

「やめんか、この変態」

 後頭部から踏み倒された奥山実隆は、自ら仕掛けたトラップに引っかかった。

 罠は瞬時に作動。地下に仕掛けられた爆薬が炸裂し、実隆は宙高く打ち上げられた。

 そして、墜落。

「げっほぁっ!?」

「……ったく」

 京平は洗いたてで湿り気の残るスニーカーを履き直しながらうめいた。

「朝っぱらから気色の悪いことをべらべらと……。ってかお前、毎日こうやってトラップを仕掛けてやがったのか」

「ふ、ふふ……お恥ずかしいところをお見せしました」

 蹌踉(よろ)めきながらも、実隆は老練な執事のように会釈した。

「いや、恥ずかしいのはお前の存在だから」

「………親しき仲にも礼儀ありという言葉を知っていますかな?」

「知ってるぞ。そっくりそのままお前に返してやる」

「ううむ。確かに。やはりざっくばらんも度が過ぎるとよろしくないと」

「分かってるならやめろ。罠とか。罠とか。あと罠とか」

「ハッハッハ。それは私に呼吸をするのをやめろと言っているようなものですぞ、京平殿」

「生命活動と罠を仕掛けるのを同義にするのか、お前は」

「いかにも」

 えへんぷいと胸を張る実隆。

「……ったく、こいつは……」

 京平は軽い頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

 こいつは昔から変なヤツだったが、最近はとみに変質者っぷりが増大している。今や学校では知らぬ者がいないほどの大変態だ。そもそも、こういうトラップの部品や知識はいったいどこから仕入れているのだろうか。

「それはさておき。京平殿、今日はいつもよりお早くありませんかな?」

 この数秒でしっかり復活して、実隆が訊ねてきた。

「そ、そうか?」

「かれこれ一時間は早いですな」

「朝練だよ、朝練。最近サボり気味だったから、たまには顔出しとこうと思ってな」

「……………。ふぅ〜む?」

 思案するように、実隆はおとがいの輪郭を指先でなぞる。

「ンだよ?」

 内心の焦りを隠すように、声を抑えて問い返すと、実隆はぴんと人差し指を立てた。

「もしや、楓呼さんとケンカでもなさいましたか? それで顔を合わせづらくて早めに登校してきたのでは」

 実隆にしてはまともな発言に少々拍子抜けする。

「あー……まーな」

 ケンカはしていないが、楓呼に会いたくないのは事実だ。ここは実隆の勘違いに乗っておくことにした。

「して、何故そのようなことに? 非常に仲の良いご兄妹でしたのに」

「ま、つまらない理由だよ」

 当たり障りのない返事を返すと、実隆は『ふむ』と考え込み、顔を上げる。

「夜這いでもかけましたか」

 真顔で言ってくる実隆の鼻っ柱にヘッドバットをかます。

「にぉうっ!?」

「……俺がそういう冗談が嫌いなのは知ってるだろうが」

「の、脳髄の芯まで痺れますぞぉぉ……」

 鼻血を押さえて実隆はフラフラと後退する。

 瞬間、地面が爆裂した。

「っの───ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 キノコ雲とともに巻き上げられた実隆は、空高く昇っていった。

「あ、アブねえっ。もう一つあったのか……!」

 京平は爆破地点から慌ててあとずさった。

「………………ぉぉぉぉぉおおおお───ぐはぁっ?! ……………ふ、不覚っ……!」

 などと言える余裕はまったくない高さから落ちてきた実隆は、空をつかむように震える腕を伸ばし、それきりばたりと大往生する。

「……。死んだか?」

 血だらけの顔をのぞき込むと、実隆はぐばぁと上半身を起こした。

「至高の快楽を味わい尽くすまでは死んでも死にきれませんぞぉぉぉぉぉぉっ!」

 棺桶から復活した僵尸(キョンシー)のごとき形相で、実隆は大絶叫した。

「……そこは死んどけよ。人として」

「う、うう、しかしこう全身を複雑骨折していては、満足に立ち上がることもできません。京平殿、わたくしのことは気にせず、どうぞお先に」

「そうか、悪いな。じゃあお先に───お前が行け!」

 京平は実隆の襟首を引っつかみ、前方へと放り投げる。

 錐揉みする実隆が地面に触れた瞬間、さらなる爆発が巻き起こった。

「───によぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅっ!?」

「……やっぱりまだあったか」

 京平は額にかざした手で直射日光をさえぎりながら、実隆が落ちてくるのを待った。

 いつもならこの辺りで楓呼がやってきて、突き飛ばされた京平も一緒に爆発に巻き込まれるというのがパターンなのだが。彼女がいない今日の朝、せっかくのトラップも功を成さない。

「ああ、なんか三年ぶりぐらいに、まともな登校が出来そうだ」

 目をつむって感涙を流しながら、京平は軽くガッツポーズを作った。

「か、考えてみれば、壮絶な学校生活を送っておりますなぁ……」

「誰のせいだと思ってやがる」

 冷ややかに見下ろして、京平は実隆を肩にかついだ。

「んじゃ、もういっちょ行くぞオラー」

 コーナーに向かって大技宣言をするプロレスラーのごとく前方を指差し、京平は実隆を投擲した。

「どひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 宙を泳ぐ実隆が地面に触れると、予想通りに爆発が巻き起こった。彼が墜落してくるのを待ち、拾い上げては放り投げる。それを十回ほど繰り返し───。

「……ま、こんなもんか」

 実隆を放り投げても爆発しない所まで来て、京平はぱんぱんと手を払った。

「ひ、非道すぎますぞぉ……」

 ボロ雑巾みたいになった実隆が、黒こげになりながらも訴える。

「自業自得だろが。………じゃーな、爆破した所は埋めるなりなんなりして戻しとけよ」

 京平は薄っぺらいカバンを肩に引っかけて、悠々とその場を去っていった。







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