第一章/哀音悲風


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 初めて与えられた玩具は刃物だった。



 子供の腕では、持って歩くのも困難な、大振りの刀。

 倉に閉じこめられた自分にとって、唯一のトモダチ。

 黒く貪欲に血肉を求めるそれを、胸に抱いてうずくまる。



 黴と年数が醸した木材と土の匂いにも、疾うに慣れた。

 闇と吹き荒ぶ風に轟く鉄扉の恐怖にも、疾うに慣れた。

 希望、絶望──理性も、本能も──自我すら、意志すら──消滅した。



「振るえ。存分に振るえ」



 鞘から引き抜いた刀身は禍々と紅く、脂に虹(にじ)む刃紋は血で描いたように斑。

 幼い手が握る刀は我が身ほどに軽く、有らゆる者を斬殺せしめる瞬間を予感させる。



 ───ヰヰヰィィィィィィィィィィ…………



 刀が啼く。

 耳鳴りがするような甲高い悲鳴。



 刃の鏡面に映った瞳は吸い込まれるように濁り、精神は理由なく昂ぶる。衝動に呼吸は荒ぎ、血を渇望して喉は震える。



「斬れ。存分に斬れ」



 倉の外より掛かる声は、傀儡を操る老翁の呼びかけ。



 ───呼びかけのとおり、斬った。



 存分に斬り裂いた。再生など不可能なほどに、深く骨まで到達するほどに。



 狂ったように斬って捨てた。

 ───自分の、首を。







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